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東京高等裁判所 昭和31年(う)1556号 判決

控訴人 被告人 大池末芳

弁護人 風間高一

検察官 川口光太郎

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人風間高一提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

よつてまず、農地法第二十条に対する解釈適用に関する主張について按ずるに、本件農地法第二十条第一項違反の所為は同法第九十二条に該当するところ、同法第九十四条の規定によれば法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人、その他の従業者がその法人又は人の業務又は財産に関し前二条の違反行為をしたときは、その行為者を罰する外、その法人又は人に対しても前二条の罰金刑を科する旨定められており、したがつて右農地法第二十条第一項違反の所為については、まず違反行為をした者を処罰し、併せて同条の賃貸借の当事者たる法人又は人に対しても罰金刑を科し得ることとしたものであつて、被告人が原判示大池光義の財産管理人又は代理人として本件農地に対する賃貸借を解除し、該農地を一方的に取り上げたことは原判決挙示の証拠により明らかなところであるから、所論のごとく、被告人が農地法第二十条の賃貸借の当事者でないからといつて同法条を適用処断することはできないものとなすことはできない。しこうして、記録を精査し、これに現われた被告人の年令、経歴、境遇、本件犯行の動機態様、犯罪後の情状、その他一切の事情を考慮するならば、原審の量刑は必ずしも重きに過ぎるものということはできない。被告人としては、この程度の刑責を負うことはやむを得ないところといわなければならない。畢覚、論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴はこれを棄却すべきものとし、なお、当審における訴訟費用は、同法第百八十一条第一項本文に則り全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

風間弁護人の控訴趣意

一、原審は刑の量定が不当である。

被告人は、本件農地所有者大池光義の叔父(父の弟)で、光義父仁助死亡後は母今井はるが親権を行い、財産の管理行為は事実上被告人において、代行し来つたのであるが、昭和二十九年五月二十日母がその親権を辞任したので、同六月十一日初めて被告人が後見人に就職法定代理人となつて財産の管理権を行い得ることとなつたのであるから、本件行為当時は全く事務管理の立場に在つただけで、農地法第二十条の賃貸借の当事者とは認められないから、同法条を適用して処罰されたことは法令の適用に誤があつて、判決に影響を及ぼすこととなる疑惑を生ぜざるを得ないが此の解釈は認容せられないものと仮定して、刑の量定について陳述したい。

原審は被告人の行為は、農地法第二十条第一項に該当するものとして、同法第九十二条を適用して罰金参万円の判決を下されたのであるが、その犯罪の情状において相当酌量を受くべき点あるも、之を考慮に入れられず為めに刑の量定が重きに過ぐるものありと思料される、即ち被告人は小作の契約解除は普通賃貸借の場合と同様に当事者間の合意を以て必要且つ十分なりと信じ、ために賃借人に対しその解約の承諾を求むることのみに汲々とし、相手方も之を諒として承諾の意思を表示したるを以てその後適当の機会を見て之を取上げ、安んじて耕作の手を差し延べたのである。この承諾の点については被告人は検察庁における供述にも終始一貫してこれを陳述し、その真実性を推断せしむるに足るものがあるが、相手賃借人等の供述によれば何れも口を揃えて無断で取上げられたる旨を強弁しているが之れは眉唾ものであつて、後に何人かに悪ちえをつけられ事実に反して証言を為したるものと認められ、証人今井始の証言によるもその点を窺知するに足るものありと信ぜられる。然るに原審は此の点につき尚審理十分なりと謂うことはできない。

被告人は日常鋤鍬を伴とする醇朴な農夫であつて法律を解せず従て農地法に於ける賃貸借解除等の制限規定を知らず合意に依る解約にも知事の許可を受くべきものなることに想到せず前述の如く、単に承諾のみの点に注目し安んじて解約行為をしたのであつた。固より合意による解約と雖も農地法上知事の許可を条件としているので、違反行為として処断さるることは已むを得ざるものあるも、叙上陳述の如く被告人は法律上の制裁を知らず農業委員会より数次の注意を受けたことあるもよく理解せずして閑却したものであつて、刑法第三十八条第三項に所謂法律を知らざるを以て罪を犯す意なしと為すことを得ず、但し情状に因り其刑を減軽することを得に該当するものと思料されますから之等の事情御酌量の上、右罰金額を相当減軽せらるるよう懇願致す次第であります。

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